『地域から信頼つづく塗装店』

   「お客さんの要望をしっかり聞いて、責任を持って仕事をしたい」―――そう話すのは、知多郡美浜町に事務所を構える、「株式会社 森山塗装」の森山高志さん(五二)。
 二十三歳の時に先代である父親の下で働きはじめ、今では三代目となる息子の偉生さんとともに美浜地域を中心に仕事をしています。
 十代の頃には美容師として働いていた高志さんでしたが、休日などに父親の仕事を手伝いはじめ、家業を継ぐことにしました。「自分が四〇代や五〇代になったときをふと考えたとき、手に職があったほうが良いだろうと考えたのがきっかけでした」と話します。
 父親の盟さんの代から長く地元とのつながりを大切にしていたおかげで、バブルが弾け景気が悪化したなかでも、仕事は減ることなく商売を続けていくことができました。
 地元とのつながりは今も変わらず、近所の方や町内会、知り合いの大工さんなどからたくさんの依頼が入り、偉生さんと知多半島内を中心に走り回る毎日です。
 【お客様のニーズに応えて】
 「森山塗装」の強みは、お客さんの要望をしっかり聞き、責任を持った仕事をすること。注文はお客さんから直で聞き、できるだけニーズに応えられるようにしています。
 また、仕事に関する勉強も日々怠りません。大手から仕事を任されていた時期には先進技術を見て学び、玉掛けの技術やクレーンなど様々な資格も取得。足場の組み立てやコーキングも自社で行うことができるのも自慢です。
 「ネットで簡単に情報を得られる時代だからこそ、お客さんが知っている情報を私たちが知らないようでは、信頼してもらえない。日々、様々な事を学ぶことは大事だと思います」と話します。

 【自慢の技術三代目へ継承】
 家業を継いですぐは、先代からなかなか仕事を任せてもらえなかった高志さん。その時のジレンマと、初めて仕事を任されたときの仕事への意識の変化や責任感が強くなった経験を活かして、「三代目にはなるべく早い段階から、仕事を任せていきたい」と事業継承のタイミングを日々考えながら現場に立っています。
 息子の成長を支えながら今後も地域に信頼される職人として仕事をしていきたいという高志さん。「でも一度でいいから、どこかのテーマパークの仕事をしてみたい。“あそこの塗装はうちがやったんです”と自慢できる仕事をしてみたいかな」と笑顔で夢を語りました。
 
株式会社 森山塗装
 代表取締役 森山 高志さん

 知多郡美浜町大字豊丘字里15番地
 電話 0569-82-0525


 『Dr.inouchi 井内尚樹のシリーズ腕まくり指南 第207回西粟倉村の地域おこしの多様なプレイヤーと地域資源の利活用』
 西粟倉村は、岡山県の北東に位置しており、鳥取県、兵庫県の県境に接している村です。二〇一八年現在、人口は一四六七人、六〇四世帯、森林面積が九五%の村です。現在村は人口減少に歯止めがかかり、横ばいで推移しています。ちなみに、人口数は二〇一七年一四四九人、二〇一六年一四三七人、二〇一五年一四七二人と推移しています。「人口減少、高齢化、過疎化」に悩む全国の中山間地から西粟倉村に注目が集まっています。
 この西粟倉村で学ぶべきは、地域を活性化する人材が村役場内部、村外から多様なプレイヤーとして存在している点です。一例としてあげると、「ローカルベンチャー」の育成により二〇〇九年から二〇一六年の間で、「二九名の移住起業経営者、従業員八九名の雇用創出、売上額は一億円から九・四億円へと増加させて」います。二〇一九年四月から、「都市部からの移住が伴う場合、事業プランが採択されれば、事業化のためのスタートアップ資金として、二〇一九年四月より最大三年間、月額二〇万円の委託費、年額一〇〇万円の直接経費補助を支給(チームとしての活用も可)」される制度も創設しています。
 西粟倉村では、地域おこしの多様な経営者を村外から受け入れ、地域で活躍する人材として成長させています。地域経済の活性化がどうして可能なのか、この村の歩みから考えたいと思います。
  
  【「合併しない」と決め『百年の森林構想』へ-地域資源の利活用-】
 西粟倉村では何度か住民アンケートを実施してきました。二〇〇四年八月に「西粟倉村の合併の是非を問う住民アンケート」を実施した結果、「合併する(二一・七%)」、「やむを得ず合併する(一八・八%)」「できれば合併しない(一七・五%)」「合併しない(四〇・九%)」となり、村民の意向を尊重し道上元村長は合併協議から離脱を表明しました。「合併したら行政の合理化によって地方行革が図れる、効果が出る」といわれる中で、財政的に余裕がまったくない上で、自立の道を選びました。
 その次に、道上元村長が出したのが、二〇〇八年の『百年の森林構想』です。「約五〇年前に、子や孫のためにと、木を植えた人々の想い。その想いを大切にして、立派な百年の森林に育て上げていく。そのためにあと五〇年、村ぐるみで挑戦を続けようと決意する」という理念を掲げました。村は、五〇年前に植えられた森林資源を持続的可能な管理を行いながら、二〇五八年に目を向けています。道上元村長は「森という地域資源を使って、小さな経済や雇用を作り出していくこと」を決めました。
 
【多様なプレイヤーの活躍-異文化の受け入れ-】
 私たちは、「森のうなぎ」で有名なエーゼロの牧大介さんに会うことができました。牧氏は、二〇〇九年、村の地域再生マネージャーでした。氏は『百年の森林構想』を事業化していく村の総合商社「森の学校」を誕生させ、移住・起業支援事業を受け継ぎながら、木材・加工流通業を立ち上げました。さらに、二〇一六年には、農林水産省の基金をうけ、うなぎの養殖業を中山間地で事業として立ち上げています。うなぎの養殖場は旧小学校の体育館にあり、水槽で一杯でした。「水温管理に必要なボイラーの燃料の灯油を、村の木材に切り替えています。養殖槽の水を堆肥化することを検討」しています。
 養殖業を「かば焼きで注目を集めるナマズ、県南部の郷土料理となるフナ、高値で取引されるモロコなども」考えています。「農業、林業の副業として養殖業を広げて」います。牧氏ははじめからうなぎの養殖を考えていたわけではなく、「希少な魚資源をどう守っていくのか」だったそうです。ローカルベンチャーには、牧氏だけではなく、木工業、酒の販売など様々な起業家が業を成り立たせています。
 
 【地域資源の利活用と起業家(自営業者)の必要性】
 ローカルベンチャーの起業と雇用で注目されている村ですが、出発点は何であったのかです。元村長の「森という地域資源を活用し、小さな経済や雇用」を生み出していくことの重要性です。この村は、ミニ水力発電所、薪ボイラーの活用、地域熱エネルギー供給など自然エネルギー生産が旺盛なことでも有名です。
 「百年の森林構想」によって、森林を流通させる会社を起業しました。その次に、流通した森林資源を地域の温泉、公共施設などで熱エネルギーとして利活用する会社を起こしています。
 地方自治体は、大企業の誘致に何億円も補助金を使うよりも、地域資源が何なのかを考えることが非常に重要だと「森のうなぎ」の活動は教えています。私たちも、うなぎと森林を結びつける発想を持ちたいものです。